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「はい?」

「道を教えていただけませんか」

どうやらナンパの類ではないらしい。
身長は娘と同じくらいだが、いかにも実直そうな印象を受ける。

「いいですよぉ。どうせ振られた後ですからっ」

「え・・・?」

娘は線香花火が消えるのと同時に立ち上がった。
そしてアベルへのあてつけのように青年の手を引いて道案内をした。



青年と二人で目的地へと向かう途中、突然3人の男たちが現れた。

「ヒューヒュー」

「熱い熱い、見せ付けてくれるねぇ」

「火傷した治療費をもらっちゃおうかな」

彼らの手には金属バットやチェーンが握られていた。
普通じゃないことは一目瞭然だ。
それでも娘はひるまない。

「ねえ、ジャマだから消えてくれない?」

「イヤだね。」

「へへっ、俺らはそのへんの草食系男子じゃないからな!」

路上で固まっている青年を押しのけて、娘が前に出る。


「ふーん、じゃあ3人とも肉食系ってことでいいのね?」

「ん?なんだお前・・・」

「火傷の治療費払ってあげるよ。3人一緒に相手してあげる」

娘の目が一瞬輝きを増し、周囲を桃色の霧が包み込んだ。







「ありがとう。助かりました。」

「いえいえ、どういたしましてー・・・って、あれ?ここは」

ようやくたどり着いたのは、昼間アベルと娘がいっしょに立ち寄った場所だった。
二人で願いを込めて書いた短冊も昼間と同じように風に揺れている。


「さっき振られた、とおっしゃってましたよね?」

「え・・・ああ、そうなんです。信じられないですよね、こんな可愛い子を振るなんて人間じゃないですよ」

「確かに信じられない。こんなに親切で優しいあなたを振るなんて」

「えっ・・・」

飾りっ気の無い青年の褒め言葉に娘はドキっとした。


「もし僕があなたに好かれていたら舞い上がっちゃうかも」

「やだぁ♪あんまりホントのことを言わないでください。照れます〜」

生まれてから今まで容姿以外で褒めてくる男なんていなかった。
無意識に娘の顔が赤く染まり始める。

「そうだ、お名前をお伺いしてもいいですか?」

「名前・・・」

そういえばまだ彼女は名前をつけてもらってない。
ニャモツーとかニャベルとかアモとか、色んな名前をつけられそうになったけど全て拒否していたからだ。

「あ、いやならいいんです。初対面なのに無理に聞いてごめんなさい」

「そうじゃなくて・・・こっちこそごめんなさい!」

思わず娘はペコリとお辞儀をした。


「そうだ。道案内のお礼に何かひとつ願い事を叶えましょう」

「願い事を!?」

青年はおもむろに笹にぶら下がっている中から一枚の短冊を指差した。

「あなたが書いたのはこの短冊ですね?」

「わわわっ! な、なんでわかったんですかぁ!?」

「ただの勘です。気にしないで。この願いで間違いないですね?」

「ちょっと待って!書き直します」


サラサラサラ・・・


「いい願いですね。きっと叶います。では」

青年がそう言ってからにっこりと微笑むと、徐々にその姿が薄くなっていった。
受け取った短冊に向かって青年がなにやら唱えると、娘が書き直した願い事が淡い光を放って空に舞い上がった。

(きれい・・・!)

その様子を魅入られたように娘は見続けた。
しばらくして風が吹いて笹の葉が渇いた音を立てて揺れた。


不思議な気持ちに包まれながらも帰宅する娘。
玄関を開けると日本酒の匂いが漂ってきた。
ソファに転がってるニャモの顔が赤い。

「やっと帰ってきたか不良娘。今夜はあたしと一緒に飲もう」

「なにやってんのよ、てか生まれて間もない娘に酒を勧めるなー!」

「けっ、小娘がっ!」

悪態をついてニャモはそのまま寝てしまった。
隣の部屋からアベルが出てきた。
ナタリエはもう休んでしまったようだ。

「ただいま、パパ。遅くなってごめんなさい」

「おかえり。変な男に絡まれたりしなかった?」

「だいじょーぶ。あたし強いんだから!」

「それならいいけど。そうだ、そろそろキミに名前をつけてあげるよ」

「ありがとう、パパァ! うわーい」

アベルは自分の部屋に戻ると、一枚の紙を持ってきた。
そこに書かれていたのは娘の名前―――



「・・・気に入ってくれた?」

「うん!すごくいいと思う!!嬉しい」

可愛らしく覚えやすい響きはアベルとニャモの娘にぴったりの名前だった。
それと同時にニャモツーで納得しないでよかった、と娘は改めて思った。

「良かった。これでニャモも喜ぶよ」

「ヴぇっ!?」

「ニャモ、ずっと気にしてたんだよ。気に入ってもらえなかったらどうしようって。」

「ママが・・・?」

「うん。名前については二人で一緒に考えたんだ。その候補の中からニャモが選びぬいたのがこの名前なんだよ。」

「ママ・・・」

ニャモが一生懸命考える姿を横で見ていたアベルは、その選択を無条件で納得した。

「僕はもちろんだけど、ニャモだって君のことが大好きなんだよ。その事をわかってあげて」

「うん、パパァ・・・」

「逆らってばかりじゃなくてさ・・・これからはニャモと仲良くやりなよ?」

「・・・はぁーい。」

少し考えてから了解した娘の様子を、ニャモは薄目を開けてみていた。
アベルの目の前でシュンとしている娘の姿が可愛らしいと思った。
しかし、

(こういう雰囲気ってあたし苦手なんすよ、おにいさん!!)

がばっ!!

ニャモはおもむろにソファーから飛び起きた。

「ふはははは、やっとあたしの気持ちがわかったか、バカ娘!」

「ママッ!?」

「ニャモ、起きてたのか!」

「おい、娘。これからはもっとあたしに感謝しな!」


ブチッと何かが切れる音。


「やっぱりママと私は戦う運命みたいよ」

「ぬあにぃ!上等だぁー、表に出ろ娘っ!!」

「こら、二人ともやめなさい!」

「ごめんね、パパ♪」

アベルの制止を振り切って、再び飛び出す野良猫二匹。

今宵も騒がしい夜になりそうだ、とアベルはため息をついた。




ニャモと取っ組み合いの喧嘩をしながら、娘は先ほどの青年のことを考えていた。

(あの願いごとは叶うのかなぁ・・・)

彼は娘の容姿ではなく中身を褒めてくれた。
イケメンではないけれど実直で真面目そうな彼のことが好きになりかけていた。

(一年に一度でもいい。会いたい・・・)

もしかしたら彼は彦星様かもしれない。願い事と共に夜空に消えた不思議な出来事・・・
先ほど彼女が慌てて書き直した短冊には「大事な人と出会えますように」と書かれていた。


「こらー娘っ!なにニヤけてんのよー!!」

「うっ、うるさいわね!ロリ年増!」

娘はとりあえずこの母親とのバトルに集中することにした。




了。

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